Misao Shimamoto rscj
Aquí está el texto original en japonés:
「今日の灰に問われて」
学生の頃「灰の水曜日」には額に灰を頂き、小斎を守り、ご受難の主キリストを黙想しました。灰を一日中おでこから失わないように気を付けていました。その時の言葉、「あなたは塵です。塵から来て塵にかえります。」は、私も弱く滅び行くものであることを思わせ、心に刻まれました。でもそこで終わっていたように思います。
今年灰を考えるに当たり思い浮かぶのは、棕櫚の枯枝を焼いてつくる柔らかい灰ではなく、最近体験した強烈な‘灰燼’です。大自然の威力によって瓦礫となった家屋、道路や港湾など、戦火に家や仕事、家族や命を奪われた人の痛切な叫び。また逃げることもできない動物たちです。これらの‘灰’は、「あなたはこの現実にどう向き合うか、どう答えるか」と問いかけます。17000人以上の命を奪った2011年3月11日の東日本大震災には、世界各国から多くの友情、祈り、支えが送られました。航空機がターゲットとなった悲惨な事故には、世界中から祈り、篤い心が寄せられました。そして「なぜ彼らであって私でなかったのか」という問いが残りました。
私は、今招きに応えたいと願っても思うように出来ないという自分の現実を受け入れ、人々と思いや祈りを分かち合い、何であれその時に出来ることをしながら、孤独や差別などに苦しむ隣人の近くに留まりたいと願っています。それは、自分が灰であり、弱いものであるままに主に立ち返ることかもしれません。知らぬ間に人を傷つけてしまうこともある私ですが、そのことが私を灰の水曜日へと招くのかもしれません。復活の主が、世界に新しい希望の火を灯し続けてくださるよう祈りたいと思います。